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流行歌は聴いた瞬間に好きになり、何十回と曲を流した後は、すっかり飽きてしまいます。まるで、熱病にかかったように夢中になり、冷めると忘れてしまうのです。ジャズの名盤を聴くと、初めはなにか拍子抜けするような気がしますが、繰り返すたびに味が出ます。もちろん、どちらの場合も気に入ったものに限りますが、なかでも治らぬ病にかかったように、聴き続ける音楽があるのでございます。 |
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上京し大学浪人時代は、井上陽水に浸っていました。20代に仕事で悩んでいた頃は、ランディ・クロフォードで漂っていました。何百回と聴いたのに、一曲も憶えた歌はなく、曲の意味も調べませんでした。ただただ、厚いゼリーに包まれるような声質に耽溺していたのでしょう。30代で神戸に移ったある日、街でトランペットが鳴り背筋に電流が走りました。なんども聴いた曲でしたが、初めて自分のハートに沁みたのでございます。それは、スピーカーから流れたマイルス・デイヴィスのプレイでした。 |
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マイルス・デイヴィスは、いわずと知れたモダン・ジャズの“帝王"。時代に応じて様々な音楽性を見せ、ジャズ界を牽引しました。マイルスが組んだバンドメンバー達はキラ星のごとくで、その中心に彼がいたのです。難しい話は抜きにして、私は50年代後半のマイルスが好きでございます。そのメンバーは、ジョン・コルトレーン、レッド・ガーランド、ポール・チェンバース、フィリー・ジョー・ジョーンズ。そして後に迎えたウィントン・ケリー、ビル・エバンスなど、うっとりするばかりです。 |
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‘プッ’と音を聴いた瞬間に、マイルスと分かります。もちろん、それは他の演奏者にもあるのですが、とりわけ彼に勝る者がないと思うのです。そして、私が最も仕事に熱中していた時に、マイルスのトランペットの響きが気分を高揚させていたのは事実でございます。本当に長く同じ音楽に酔いしれる条件というのは、メロディーやリズムや歌詞よりも、人の声も含めて音そのものなのかもしれません。 |
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